2020/08/29
性欲が満たされる時の心地よい感覚、快感は報酬系と呼ばれ、脳内ホルモンによってコントロールされています。オキシトシンは脳内で分泌される報酬系を担うホルモンの一つですが、もともと出産後に母乳を作るために分泌されるものとして知られているのみでした。まして男性でも分泌される意義は謎でした。
ここではオキシトシンについてお話します。
1) 脳から出発し、体中で働くオキシトシン
2) 脳内ホルモンとしてのオキシトシン
3) 報酬系に働くオキシトシン
4) オキシトシンの実用
1) 脳から分泌され、体中で働くオキシトシン
出産に関わるホルモン
オキシトシンは脳にある下垂体というところから血液中に分泌される、内分泌ホルモンです。脳から血液中に入り、乳房と子宮で仕事をしています。妊婦さんが出産後子宮をもとの大きさへ縮める働きをもつことです。そして同時におっぱいからミルクを搾り出す働きをします。
これは出産したあと赤ちゃんにミルクを上げて、その間に子宮がもとの大きさにもどっていくきわめて生理的な過程です。そのためこのオキシトシンによる働きはヒトだけでなくすべての哺乳類に共通してみられる生理的現象です。
なお、オキシトシンには一緒に働く相棒がいてそれはプロラクチンです。プロラクチンも下垂体から分泌されます。プロラクチンには乳腺を発達させる働きがあり、オキシトシンが乳腺を刺激することでミルクが外へ分泌されていきます。オキシトシンとプロラクチンは共同作業で赤ちゃんにミルクを与えているのです。
出産時以外の働き。皮膚にも
従来、オキシトシンは出産のときの働きしか知られていませんでした。しかし最近ではヒトの体でいろんな仕事をしていることがわかってきました。
その一つは皮膚に対する働きです。怪我してもすぐに再生してくるように、皮膚は頻繁に生まれ変わることができる場所です。その皮膚が生まれ変わるのを刺激することをオキシトシンが行っているのです。いわゆる「皮膚の新陳代謝」を助ける働きです。
2) 脳内ホルモンとしてのオキシトシン
そして、脳内ホルモンとしても仕事をしていることも発見されました。それは「幸せ」な感情を作り出す仕事です。報酬系の中で「幸せ」感を作り出すために働いていると言えます。
丁度、赤ちゃんを抱っこして自分のミルクを与えているお母さんを思い浮かべてください。とても幸せそうではありませんか。そして肌も綺麗に見えます。それは体内でオキシトシンが働いているからなのです。
そういうわけで、オキシトシンは出産時に分泌される働き者としての地位が確立されてきました。
それだけみるとオキシトシンは出産のときにだけ働く季節労働者のようなイメージになりますよね。男性にとっても、出産期でない女性にとっても自分とは関係ないホルモンなのだなって思いますね。
それは違います。
「えっ」と思うような実験結果が出ています。
犬と抱き合っているヒトの血液中のオキシトシンを測定した実験があります。出産後のような普通にオキシトシンが分泌されている時期ではありません。
結果は、抱擁しているとき、身体のなかでオキシトシンがたくさん存在していることを示したのです。ちなみにこの時、実験を受けたヒトは男性だったようです。
つまり、好きなものを抱擁しているとき男女関係なく、オキシトシンが仕事をしているということがわかります。
さらに、こんな実験結果があります。
犬とヒトが抱き合っているシーンを見ているヒトの血液からオキシトシンを測ってみたのです。結果はたくさんのオキシトシンが測定されました。
そして、犬にわざとオキシトシンを注射してみると、飼い主と視線が合うタイミングが有意に増えたそうです。しかし、これをオオカミで試してみても同じ結果は得られませんでした。オオカミに比べ犬は、ヒトに飼いならされている時代が長くヒトと非言語ですがコミュニケーションが取れると言われています。
つまり、このオキシトシンの幸せを感じる働きは生活環境による進化に基づいたものといえます。
触れ合うこととオキシトシン
そして「抱擁して幸せを感じているとき」と「他人の抱擁を見て自分も幸せを感じているとき」オキシトシンがたくさん働いていることが示されたのです。
このオキシトシンの増加は抱擁しあっている二人ともに認められます。
母乳期を過ぎてもお子様を抱きしめることがその子の成長によいというのはこの実験結果でも実証されますね。
そしてこれは男女関係なくあてはまるということです。
オキシトシンと性差
このオキシトシン、下垂体以外に卵巣からも分泌されます。つまり妊娠を経験する女性の方が男性よりオキシトシンの分泌が多いわけです。オキシトシンの作用から考えると女性の方が男性より抱擁を求めることは納得できます。
「脳内ホルモン」としてオキシトシンは何をしているのでしょうか。
出産のとき、子宮や乳腺へ働き掛けていたオキシトシンはいわゆる体内を循環するホルモン、つまり内分泌です。一方、脳内ホルモンとしてはどのように働いているのでしょう。
脳内ホルモンというのは、脳の中で働いているホルモンです。どういうことかというと神経から神経へ情報を伝えるということです。神経伝達物質といいます。
わかりやすく例えれば出張なしの「本社勤務」ということです。本社は中枢神経です。ただ本社のなかで、部署から部署へと情報を伝えるメッセンジャーとして働いています。
どんな情報かといえば、それは「幸せ」です。
先ほどの犬の実験の続きになりますが、抱擁=オキシトシンの増加とありましたね。
それがこうなります。抱擁=〇=オキシトシンの増加。この〇の部分にくるのは「幸せ」です。
3) 報酬系に働くオキシトシン
私たちの脳の中には良かったものを「快」と捉える場所があります。脳のいろんなところにあるのでまとめて「報酬系」と呼ばれています。
報酬系で「快」と認識されるものには「嬉しい」「気持ちよい」「心地よい」などといった感覚で、「幸せ」もこれにあてはまります。
この報酬系はいくつかの脳内ホルモンによって感じることができますが、このオキシトシンも報酬系に関わる脳内ホルモンです。
オキシトシンはこの報酬系のなかで「幸せ」を感じる働きをしています。
会社のなかにオキシトシンみたいな人がいたら重宝しますよね。
「抱かれることで綺麗になる」と聞いたことはありますか? 先ほど、オキシトシンの働きで皮膚の再生を活性すると述べました。これは理屈に合った生理的な反応といえます。
脳内ホルモンが増えるには増加スイッチを入れるための刺激が必要です。
オキシトシンの場合は何がスイッチになるのでしょう。
①
抱擁
②
見つめ合う
③
接吻
④
愛撫
⑤
性交渉
この5つです。 オキシトシンは愛情ホルモンともいわれます。
触れ合ったり、見つめ合ったり、抱き合ったりすることでオキシトシンが脳内の報酬系で増え「幸せ」を感じるということになります。
相手がいることで得られる幸せホルモンとも言えますね。
相手がいないとだめというわけではないです。
見るだけでも、ぬいぐるみを抱くだけでもオキシトシンが働くそうです。
イライラがつのったときに、抱擁しているところを思い浮かべたら、ぬいぐるみを抱いてもよさそうですね。
ストレス社会のなかで日本人に余裕がなくなってきたと最近耳にすることがあります。男女仲良く抱き合った方がよさそうですね。もちろん両者の同意が必要ですからね。
性交渉、とくにオーガズムのときにオキシトシンが大量に放出されます。
オーガズムのあとの幸せ感はオキシトシンが原因です。オーガズムの後、優しい気持ちになって抱き合っていたいというのはここから来ているようです。
4) オキシトシンの実用
オキシトシンは医療現場でも実用されていたり、研究されていたりします。
古典的には子宮収縮薬として使われており、出産後、子宮がなかなかもとの大きさに戻らなくて困るようなときに使用されます。
例えば、帝王切開手術のときや、出産後出血がなかなか止まらない時などです。
ネズミの実験で雄に対して抗うつ作用を示したというデータがあります。
自閉症に対しても使われることがあって、ある実験グループの中で共感や感情の認識において効果がみられたようです。
しかし、いろんなところで行われた同じ実験を組み合わせたところ(システマティックレビュ-)、偽物として試した薬(プラセボ)と効果が変わらなかったようです。つまり、自閉症に対するオキシトシンの効果には疑問が残ったままということ。現実は難しいものですね。
要約
オキシトシンは出産後、子宮収縮と乳汁分泌を促すはたらきをもつ内分泌ホルモンである。
オキシトシンは抱き合うことで幸せを感じる愛情ホルモンである。
「抱かれると綺麗になる」はオキシトシンが皮膚の再生を促す作用があるからである。
オキシトシンは男性にも存在するが女性の方がより効果が強い (卵巣からも分泌するため)。
オキシトシンは医療現場で治療薬として使われている